沿線計画シミュレーター / 較正編

公共データのモデルは、延伸を再現できるか。

福岡市地下鉄 35駅の実績(令和4)で、モデルを2本較正した。 駅勢圏人口だけのモデルと、接続項を足したモデル。そして七隈線 博多延伸を「ホールドアウト」にして問う—— 横断データの当てはめから、延伸の効果は取り出せるのか。

結論を先に。

(1) 駅勢圏人口だけのモデルは無力(R²=0.005、傾きはむしろ負)。乗るのは住民数ではない。 (2) 接続項(都心近接・博多直通・乗換)を足すと R²=0.73 まで跳ねる——横断的にはよく説明できる。 (3) だがその接続モデルで延伸を予測すると ×3.77 と約2倍に過大予測(実績は×1.82)。 横断回帰の係数は、因果効果ではない。延伸の本当の効果は、回帰からではなく 自然実験(延伸そのもの)からしか取り出せない——だから「答え合わせ/ホールドアウト」が背骨になる。

図1 / 駅勢圏人口 vs 乗車人員

住民は、乗車人員を説明しない

横軸=徒歩800m圏の人口(2020国勢調査ベースの500mメッシュ)、縦軸=1日乗車人員(令和4)。両対数。 もし「住民が多い駅ほど乗る」なら右肩上がりに並ぶはず。実際は——ほぼ水平。むしろ薬院大通・桜坂は 人口最大級なのに乗車は最小級、博多・天神は 人口は中位なのに乗車は最大

空港線 箱崎線 七隈線 駅勢圏のみモデル(Model A)の予測
破線=Model A(駅勢圏のみ)の予測。人口が10万人ぶん動いても予測はほぼ 6,000〜7,800人で横ばい= 「駅勢圏人口はほとんど情報を持たない」。乗車を決めるのは、住民数ではなく“どこへ行けるか”。

図2 / モデル2本の較正

接続項を足すと、説明できる

同じ35駅・同じ実績を、2つのモデルで当てはめた。差は接続項(都心への近さ・博多への直通・乗換駅)だけ。

Model A:駅勢圏のみ

R² 0.005

log(乗車) ~ log(駅勢圏人口)。
ほぼ説明力ゼロ、係数は負。中央誤差 68%。

Model B:+接続項

R² 0.729

+都心近接+博多直通+乗換駅。
博多直通の効果は ×3.8(exp 1.33)。中央誤差 31%。

説明力の増分

+0.72

R²が 0.005→0.729。
乗車人員の分散は、ほぼ接続で説明される。

係数Model AModel B意味
log(駅勢圏人口)−0.16−0.61住民は増えても乗車を押し上げない(むしろ郊外ほど大圏・低乗車)
都心近接+0.44天神・博多に近いほど乗車が増える
博多への直通(0/1)+1.33乗換なしで博多へ行ける駅は ×3.8。延伸で変わるのはここ
乗換駅(0/1)+0.662路線が交わる駅の上乗せ

図3 / 駅勢圏だけでは見えない駅

取りこぼされるのは、いつも“接続の駅”

Model A(駅勢圏のみ)が最も過小予測した駅。予測との比が大きいほど、住民数では説明できない= 接続・都心・目的地としての力で乗られている。

実績駅勢圏のみ予測実績/予測正体
天神68,3076,789×10.1都心核・全路線の結節
博多68,4496,855×10.0ターミナル・新幹線結節
西新20,9796,317×3.3副都心・商業集積
福岡空港23,0417,742×3.0空港・端末大需要
天神南21,3956,930×3.1都心結節(延伸前の七隈線末端)
逆に、薬院大通(人口42,051で乗車2,716)や桜坂(39,371で1,687)は Model A に過大予測される。 住民は多いが、都心接続の“のりしろ”が乗車に化けていない。

図4 / 延伸ホールドアウト

延伸の効果は、回帰からは取り出せない

七隈線の各駅は、延伸で「博多へ直通(0→1)」に変わる。駅勢圏人口は不変。 さて、較正したモデルは、実際に起きた ×1.82(+65,392人/日)を当てられるか。

縦軸=七隈線 全線の延伸前→後の倍率。Model A(駅勢圏のみ)は ×1.00=catchmentが動かない以上、 構造的に「効果ゼロ」しか出せない。Model B(横断回帰)は ×3.77=博多直通の係数を因果効果として使うと約2倍に過大。 実績(自然実験)は ×1.82。真ん中の正解は、どちらのモデルからも出てこない。

図5 / だから新線simはこう組む

較正から得た、設計の掟

  1. 駅勢圏人口を主役にしない。単独では R²≈0。人口は“上限の器”であって、需要の駆動因ではない。 駆動するのは都心・雇用への到達性と、ネットワーク上の位置。
  2. 接続項を持つ。だが横断係数を因果に使わない。博多直通ダミーは横断では×3.8だが、 それは幹線・空港・歴史など他の差を全部吸っている。延伸に当てると2倍外す。
  3. 効果は自然実験で錨を打つ。「末端駅→ターミナル直結」の真の倍率は、七隈線延伸という実測が ×1.82(純+5.6万/日)と教えてくれた。新線の接続効果は、この観測値に較正して使う。
  4. だから「答え合わせ/ホールドアウト」が背骨。回帰の当てはまりの良さ(R²)ではなく、 起きた出来事を当てられるかで、モデルを合否判定する。