沿線計画シミュレーター / 検証編

七隈線 博多延伸、答え合わせ。

「延伸で乗客1.8倍、予測を突破」——本当だろうか。 公開データだけを使い、コロナ禍からの回復を差し引いて、 福岡市の需要予測がどれだけ当たっていたかを検証する。

福岡市交通局 公開データ 差分の差分(DID) API課金ゼロ・決定論

結論を先に。

一次資料(国交省の事業評価)で定義を確定した。予測は 全線で約12.3万人/日(目標年次 平成42=2030年度)。実績は開業初年度の令和5(2023)で 12.6万人/日 とほぼ到達し、令和6(2024)は 14.5万人/日—— 目標年次を6年前倒しで達成し、約18%上回った。よく語られる「6.8万/8.2万人」は全線ではなく 延伸区間を通る利用者の数(うち純増=マイカー転換が約2.1万)だった。 需要予測はよく当たっていた——ただし 数字より先に、定義を原典で押さえる ことが、その答えにたどり着く唯一の道である。

3つの数字

全線予測・実績・判定

単位はすべて「1日平均 乗車人員」。予測は七隈線 全線(目標年次2030)、実績も全線。 混同されがちな「6.8万/8.2万」は延伸区間を通る利用者の数であって、全線ではない。

公式予測(全線・目標2030)

12.3 万人/日

国交省『延伸整備計画 事業概要』H42予測値。
延伸区間の利用は 6.8万、うち純増(マイカー転換)2.1万。

実績(全線・令和6年度)

145,487 人/日

開業初年度 令和5=126,202 で予測にほぼ到達。
延伸直前 令和4=80,095 の約1.8倍。

判定(予測 vs 実績)

+18 % 超過

全線予測 12.3万(目標2030)を、開業初年度 2023 に達成。
目標年次を6年前倒しで上回った。

図1 / 回復の平行トレンドと、延伸による乖離

コロナで一緒に落ち、一緒に戻り、延伸で分岐する

各路線の1日平均乗車人員を、平成30年度=100 とした指数で描く。 七隈線(緑)と、延伸の影響を受けない対照群=空港線+箱崎線(灰・破線)は、 コロナの底(令和2)まで ほぼ平行に動く。差が開くのは延伸開業(令和5)から。

七隈線(延伸あり) 空港線+箱崎線(対照群) コロナ禍の底 延伸開業 2023.3
指数(平成30年度=100)。七隈線は令和6で159、対照群は94——コロナ回復の途上。 令和5の対照群値は未取得のため破線区間は補間。出典: 福岡市交通局『事業概要/駅別乗車人員の推移』『運輸実績』。

図2 / 増加分の分解

「1.8倍」を、回復と延伸に切り分ける

令和4→令和6 で七隈線は +65,392人/日 増えた。だが対照群も +11.7% 回復している。 その回復率を七隈線にあてはめた分を「コロナ回復」、残りを「延伸の純効果」とみなす(差分の差分)。

破線=全線予測 12.3万/日(目標年次2030)。実績はこれを開業初年度でほぼ捉え、令和6には約18%超過した。 参考:コロナ回復を対照群で差し引いた「延伸の純効果」は約 +5.6万/日(反実仮想 80,095×1.117≈89,500、145,487−89,500)。 純効果だけでも、予測全線水準の相当部分を押し上げている。

図3 / 予測 vs 実績

需要以外も、答え合わせする

需要予測だけでなく、建設費・開業時期・採算性も公表されている。 いま検証できるもの、まだ待つべきものを分けて置く。

項目公式予測実績判定
全線 乗車人員
目標年次 2030
約12.3万 14.5万 (R6)
12.6万 (R5)
6年前倒しで超過(+18%)
延伸区間 利用者
gross・通過利用含む
約6.8万
→8.2万に修正
新2駅乗車
約2.6万+通過
区間断面データで要検証
建設費 約450億円
H24計画時
約587億円 約1.3倍に増(陥没事故・物価)
開業時期 平成32年度
=2020
令和5年3月
=2023
約2〜3年遅れ
費用対効果(B/C) 4.6 実績B/Cは事後評価待ち
単年度黒字化 / 累積黒字化 6年 / 12年 今後の決算で追跡
需要は予測が当たり、費用と工期は上振れ——これも「答え合わせ」の型。 混雑面では開業後ピーク平均混雑率 最大130%、2027年度まで4編成増備予定。

図4 / 答え合わせの生命線

数字より先に、定義を原典で確定する

「6.8万人」とは何の数か——原典が答えていた

この一点で結論が反転しうる。だから二次情報でなく一次資料に当たった。 国土交通省『七隈線延伸整備計画 事業概要』の「利用人数(H42=2030年度 予測値)」が、そのまま定義を書いていた:

延伸区間
約6.8万人/日
=新区間を通る利用者(gross、既存客の乗り通しを含む)。世間の言う「6.8/8.2万」はこれ。
七隈線 全線
約12.3万人/日
=答え合わせの相手。目標年次は平成42(2030)。うち純増=マイカー転換 約2.1万。

これを読むまで、メディアも市の広報ページも二次情報も「8.2万」を全線予測のように語り、 本ページの初版もその罠にかかっていた(「予測をやや下回る」と誤記)。原典の一文で修正済み。 定義を原典で押さえない限り、答え合わせは丸ごとずれる——それを潰すのが、このエンジンの仕事である。

図5 / この土台の上に何を建てるか

だから、沿線シミュレーターはこう作る

七隈線延伸という「答えのある1問」が、モデルの設計条件を実績で決めてくれた。 これを満たすモデルだけが、新線を引く what-if に耐える。

  1. 時点補正(DID)を内蔵する。「開業前後で増えた」を効果と呼ばない。 影響を受けない路線を対照群に、景気・コロナ・全国トレンドを必ず差し引く。
  2. 需要の定義を最初に固定する。「全線の増加分」か「区間利用者」か「純新規」か。 定義を曖昧にした瞬間、答え合わせは無意味になる。
  3. ネットワーク接続項を持つ。延伸の価値は櫛田・博多の地元人口ではなく 「末端駅がターミナル博多に直結した」こと。駅勢圏人口だけの素朴モデルでは、この効果は永遠に説明できない。
  4. 七隈線延伸をホールドアウトにする。約40駅の実績で較正したモデルが、 この延伸の +5.6万を再現できるか——を合格ラインにする。当てられて初めて、未成線を引く資格を得る。